Case1.握手 - shake hands
手のひらの熱
ココロ…貴方に伝わる?
Case1.握手 - shake hands
「えーっと…俺の名はカーネリアスだ、よろしくな!」
そう言って、俺は目の前の人物に向かって、一応俺の中では最大限の笑顔を作りつつ、右手を差し出した。
”人と人とがまず知り合い…そして、仲良い間柄になるには、まずは挨拶と握手だ!”
…と、俺の育ての親に等しい---そして、カサディスの村長でもある---人物・アダロに幼い頃から散々躾けられてきた俺は、今回もその通りに実行した。
ここで普通の人物なら、こちらこそよろしくと言って、差し出した手を握り返し、自己紹介をしつつ色々と話が弾んでいくのだろう。
だがしかし、俺の目の前の男はーーー髪は腰ぐらいまであろうかというぐらいに長く、身体も細めでどちらかというと肌は色白ではあるが、俺と同じぐらいの背の高さなのは、紛れもなく男だ---先程から一向に動じず、俺の右手は虚しく宙に留まったままだ。
「………?」
訝しげに茶色の瞳をこちらに向けて凝視した後、僅かばかり右に首を傾げる男。
暫く、俺と目の前の男との間に静寂が訪れた。
勿論、ここ宿営地に俺とこの男…二人しかいないという訳ではない。
宿営地では、レッド・ドラゴンから民…引いては領都、そしてグランシス半島を守る為に設立された防衛基地で、幾多数多の人々…主に兵士が集まっているのだ。
現に、リム・ストーンがあるこのテントの施設の外では、兵士達の慌ただしい話し声、そして賑やかな笑い声なども聞こえてくる。
始終無言のままでいる男にしびれを切らした俺は、ついに少し怒気を含んだ声音で話しかけてしまった。
「握手だよ、握手!
…まさか、お前知らないのか?」
「あ…ああ、握手ですか。」
夢から覚めたかのように、男は少し間延びした話し方をすると、右手をゆっくりと差し出して、俺の右手を軽く握り返した。
ほっそりと長い指だが、少し皮の厚い手のひらの感覚はやはり男性のもので、そして少しだけ体温は低い…と感じた。
「すみません…。
実は私、握手するという経験が無かったもので。」
「は?
…握手した事がなかったって事か?」
「ええ、そうです。
『握手とは…人と人が互いの手を握り合う、人々の挨拶』
と、いう知識はあるのですが、実践はこれが初めてでしたので…。」
「…ふーん…。」
と言いながら、俺は手を緩めて離した。
不思議な面持ちで男を見ると、
「それに…『我ら』にとって『覚者様』への挨拶は、こちらの方が一般的です。」
と言いながら、男は右手の手のひらをこちら側に見せるように、腕を上げた。
そこには、手のひら上下一杯に渡り、まるで鍵爪で引っ掻かれたように大きな痣がある。
俺をこの宿営地まで案内した、ルークという戦徒…ポーンにも同じ痣があった。
そう…目の前にいるこの男は、ポーンなのだ。
「覚者様との盟約の印を見せる…それこそが、そのポーンが貴方に従っているという証でもあり、挨拶でもありますので。」
「『覚者様』…か…。
相変わらず、言われ慣れねぇな…その言葉。」
そして、俺…カーネリアスは、『覚者』と呼ばれている。
覚者と呼ばれるようになってまだ日は浅い方だが、俺はその言葉…所謂肩書きというやつに違和感を覚えていた。
カサディスという村に住んでいた俺は、只の『漁師』だったし、俺は『俺』だと思っていた。
…そのはずが、あの日から…赤い竜に心臓を抜き取られてから、自分が『自分』ではないような気がしている。
覚者としての力を所有した俺だが、それは今までの俺の生き方…人生を否定されているかのような気分になるのだ…。
皮肉な話だな。
「?
…どうかしましたか?」
「いや…何でもない。
それよりも…さっきからそこに突っ立ってこっち見てるアンタ、俺に何か用か?」
視線を感じたその先には、出入り口を塞ぐように大柄な男が立っていた。
俺よりも背は高く筋肉質な身体つきで、前髪を後ろに撫で付けた黒の短髪・少し厳つい表情はいかにも中年の男性だ。
背中には俺が持っているよりも大きな剣…所謂大剣を所持し、他の兵士を同じような服装をしているのを見ると、領都兵でも歴戦の戦士(ウォーリアー)…と言ったところだろう。
「ん?…ああ、これは失敬。
用と言えば、その通りだ。
私の名はバーン。
この宿営地の一角にある訓練所の施設で、徴募隊を希望する者に戦術指導をしている。」
そう言えば、このリム・ストーンがある建物…指令本部に来る前に、仕事募集の掲示板に立ち寄ったが…その横の建物の付近に大きな男がいたような気がする。
掲示板で任務の内容を確認するのに集中していたのと、男は他の兵士達と話し合っていたので、顔も見ず話しかける事もしなかったのだが…。
そうか、あれがバーンだったのか。
「何やら賑やかしいと思ったら、人…いや、ポーンがテントの方に集まるように歩いて行くのを見てな。
何事かと思い、テントの外から様子を伺っていたのだ。
…お前が覚者か、よろしく頼む。」
そう言うと、バーンと名乗った男は俺に右手を差し出して、握手を求めた。
俺も名前を名乗りつつ、右手で相手の…少しゴツゴツとした大きめな手のひらを、掴むように握った。
まるで、”これが正式な握手の仕方だ”と、真横にいる俺の従者となった戦徒に見せつけるように。
握手を交わし、お互いの手を離した後…。
バーンは俺から視線を外したかと思うと、従者の方を見た。
「ところで…それがお前のポーンか?」
どうやら、バーンは俺のポーンの事が気にかかっているらしい。
「ああ、そうだ。
先程、盟約を結んだばかりだが、コイツは俺の従者だ。」
「そいつら(ポーン)との共闘は、互いの呼吸を合わせることが重要だ。
私なら、実戦前に訓練でコツをつかむことを勧めるがな。
当然、その気はあるだろう?
…では、付いてこい」
そう言うと、バーンは踵を返してテントを出て行った。
…返事など待たない、来るのが当たり前だとわかっているかのようだ。
「…だってよ。
お前、どうする?」
「私は覚者様の命に従うだけです。
貴方が行くと言うのなら、私も一緒に行きます。
それこそが私…覚者専従のポーンの使命ですから。」
「ふーん…そうか。
じゃあ、行くぞ『ホロウ』」
「…!?
…わかりました、では行きましょう『覚者様』」
それからと言うと…まぁ、大変だった。
”私は誰であろうと厳しくやるからな”
…とバーン本人が言っていた通り、色々やらされたんだ。
やれ『高台に設置された全ての荷物を運べ』だの、『カカシを全て壊せ』だの…とな。
しかも、最後の課題のはなかなか難しく、『物理攻撃・魔法攻撃…それぞれの攻撃しか効かない2種類のカカシを、全て壊せ』というものだった。
ちなみに言っておくが、どの課題にも時間制限が設けられている。
最後の課題がなかなか時間制限内にクリアできず、何回も挑戦する羽目になった。
常に状況を把握する事、的確に指示を出す事、どの敵(この場合、カカシの人形という的)を自分がやり、ポーンという相手に任せるか…何回も挑戦するうちにその事を学べた事は、大きな収穫だ。
バーンからの3つの課題を全て終えたのは…既に夕日が差し迫る頃だった。
徴募隊を希望する旨をバーン伝えると、徴募隊を指揮しているメルセデス---指令本部付近に立っていた、黒い短髪で褐色肌の女騎士---に、話してみろと言われ、俺とホロウは訓練所からメルセデスのところまで歩いて行く。
…俺はその時はまだ、気づかなかった。
俺がホロウの名を無意識に…『俺がホロウに名前を聞かず、ホロウは名前を名乗っていないのにも関わらず』呼んでいたという事に。
「あー、疲れた…。
バーンのおっさん、結構しごきがキツかったなぁ。
まさか、訓練所にあんなのを用意してるとは…。」
「ですが…私は覚者様と訓練できて、良かったと思います。
覚者様の動きも、何となくつかめましたし…。
実戦の前に、良い経験になりました。」
「そうか…それは良かったな。」
メルセデスに徴募隊に加わりたい旨を話すと、メルセデスは覚者の能力を不思議がりながらも、歓迎してくれた。
今は人手不足だから、どんな人材でも喜んで受け入れる…そんなところだろう。
いつでも宿舎を使ってくれて構わない…と、徴募隊本部の宿舎を案内してくれた。
「うーん…今日はもう疲れたし、寝るか。」
俺は右手で左手を掴んで背伸びをし、首を左右に傾けると、宿舎の寝床で横になった。
寝床…と言っても床にはベッド替わりの一枚の布と、布を何回が折って作られた簡易的な枕が用意されているだけだが…。
ここは敵からの防衛施設である宿営地…いつ敵の襲来が訪れるかわからないので、装備は解かずに身につけたままだ。
「そうですね、夜も更ける頃になり始めましたし、ゆっくりとお休みなさって下さい。
…覚者様がお休みなさっている間、私はどうしましょうか?」
「へ…?
お前、寝ないの?」
「我らポーンは体力回復の為に休息を取る事もありますが、基本的に睡眠そのものは必要としていません。
…覚者様の身辺警護も兼ねて、本日の夜は起きているつもりです。」
「ふーん…わかった。
そうだな…じゃあ、この『宿営地を散歩』とか、すればいいんじゃないか?」
「わかりました。
いざという時に対処できる様、地理の情報を得ておくのは良いですね。
では、行ってまいります。」
鈍い銀色の長い髪を翻し、背中を向けて颯爽と歩き出す俺の従者…ホロウ。
その姿を見送ってから、はぁーっと息を吐く。
…漸く一息つけた感じがした。
耳を澄ますと、昼の賑やかさに比べたら幾分落ち着いてはいるが、依然として兵士の話し声や笑い声、虫の囀る音が聞こえてくる。
今日一日を反芻していると、ふとホロウと握手した事を思いだし、独り言ちた。
「何て言うか…不思議な奴だな…。」
…ポーンは異界を渡る民…この世の者とは言えないのだから、不思議なのは間違いないのだが、それだけではない感じがする。
ホロウの見た目によるところもあるのかもしれない…少なくとも、カサディスでは見かけない風貌だ。
しかし、ポーン独特の不思議さは、俺にとっては少し重荷に感じた。
気性が掴めないと言うか…一言で言えば、堅苦しいのだ。
ポーンは『意志や感情が、とても希薄』だとアダロは言っていたが…それ故だろうかと思う。
『今後、アイツと上手くやっていけるのか…。
ま、アイツとは今日出会ったばかりだし、これからの事を考えてもどうにもならないよな。』
考えるのを辞め、寝返りを打って目を閉じると、急速に眠気が襲う…。
意識を手放すのは、瞬く間の事…深い眠りについた。
それも、翌日の明け方の騒動に見舞われるまでの、短い間の事であったが…。
こうして、俺とホロウの出会った一日は、夜の帳が下りるのと共に幕を閉じたのだった。
-Cace1終わりー
→Case.2へ続く