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Farewell





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…これまで、私は色々な事を学んできた。
喜び、楽しみ、怒り、憎しみ、悲しみーーー
それは人だけが持つ感情であり、主の側に居るにつれ、私にもそのような感情が芽生えたと思う。

私は戦徒ではあるが、様々な出会いと別れを繰り返してきた。
時に我が主が私と同じくポーンの民を向かい入れるときもあれば、私自らが異界を渡りゆく事もあった。
その中で、友とも呼べるような同胞と出会えた事は、私にとってはかけがえのない出会いであり、多くの事を学べた。
道を違えた同胞も多く居るが、異界の先でそれぞれの主の元、元気に---というのも、可笑しな表現ではあるのだが---しているのを願っている。


私は時々、何故ここに居るのか…と考えさせられる。
理由はハッキリとわかっているのだが、それだけではない何かが私を動かしているようにも思う。

私は改めて、心に誓う。
我が主の為にも、そして私の友と呼べるべき同胞の為にも…最後の時まで、私の居場所の為に戦う事を。




 

 

 


◇ ◆ ◇

 

 

「…別れの挨拶は、済んだのか?」

「…覚者様…」


日の出を迎えた海辺を遠く眺めていると、後ろから声を掛けられた。

振り向く前に、その声は誰であるかはわかっていた。

覚者である我が主…カーネリアスだ。

その声音と表情は…人のところで表すならば、少し『悲しい』と言うべきだろう。


「いや、お前は『しなかった』って聞いてるぞ。

…何でだ?」

「あの方から…聞いていらっしゃったのですね?」

「まぁな…。

そりゃそうだろ、俺が最後…リムの中で見送ったんだし。」

「…そうですか。」


我が主がリムから迎い入れたポーンである彼の者は、それぞれの覚者の間を行き交う内に親しくなった者だ。


「じゃなくて…俺の事はどうでもいい。

話を逸らすな、ホロウ。

俺の疑問に答えろよ。

…何で別れの挨拶をしなかったんだ?」


真剣な表情で疑問を投げかけてきた主に、私は微笑で答えた。


「それは愚問と言うものですよ、覚者様。

我ら…私とあの人はポーンです。

我らは人で言う死という概念が存在しない。

別れの言葉など、我らポーンの民にとっては不要なものなのです。

…それは覚者様とて、よくご存知の事と思いますが?」

「…それは、確かに知ってるけどよ…。

でも、お前…解ってただろ?

これから、俺とお前がドラゴンの棲家…穢れ山に行く事を。」


そう…知っていた。

これから、私達が向かう場所の事…これから主の心臓を奪い取った赤き竜を倒しに行く事。

そして、倒した後に何が起こるのか、私だけが知っている事…。

赤き竜を倒した後、日は昇らず、青い空は混沌の闇で広がり、私が先程見た素晴らしい光景は見られず…魔物で覆い尽くされ、世界は崩壊してしまう事。

依頼主のクインスから竜の鼓動を集めた主は、深淵の底に飛び込み…もう、こちらの世界には戻ってこれない、という事も。


「…勿論、行く先は知っています。

しかし、その事を伝えたとしても、彼の者には『自分の意思では』どうする事もできません。

彼の者の心の負担にしかならないのならば…伝えない方が良いと、私は判断しました。」

「それで…本当にお前は良かったのか?」

「はい。」


私は主に向かって、ニッコリと笑って見せた。

後悔などしていないと思わせるように。


「わかった。

…お前がそこまで言うのなら、俺はもう何も言わねぇよ。」


主は私に向かってきたと思いきや、片腕を私の首に回した。


「だがな、ホロウ。

お前とアイツの事は俺が覚えているし、お前には俺がついているからな。

…それだけは忘れるなよ。」

「…ありがとうございます、覚者様。

ところで、もうそろそろ腕を離して頂けませんか?

少し息苦しいので…。」

「あ…ああ、すまんすまん」


主は笑いながら、腕の力を緩めた。

その腕が離れるのを見計らって、今度は私が主の腰に片腕を回した。


「こちらの方が、私は好みです。」

「…馬鹿野郎。」


少し怒ったような、照れたような主を見て、私は微笑む。

そして…私は、思う。

後わずかな一時であるとわかっていても、この平穏なる時をこの人と歩みたいと。

 


-Fin-